この1週間のトレーニングは非常によかった。分析・対策・奥の手まで選手たちもよく理解してくれた。簡単に勝てるとは思えないが、チャンスはある。厳しい時間が多くなるのは想定内。わかっていればなんとかなる。いよいよだ。程よい緊張と自信に満ちている。
昨夜のMTGでスタートの11人を伝えた。サブのメンバーも含めメンタル的には良い感触を得ることができた。ただ1人だけ気になる選手がいる。今朝から少し様子が違う。緊張しているのかと思いここまで特に声はかけずにきた。この試合のキーマンだけ。このまま送り出すのがいいのか、声をかけたほうがいいのか。かけるなら何を伝える?それともキャプテンに任せるべきか?
キックオフまで後10分。1分様子をみよう。私の違和感がただの緊張によるものならそれでかまわない。30秒。昨夜のMTGから朝までに何かあったとして、プレーに問題があるようなことなら伝えてくるはず。9分前。選手を送り出す時間が迫ってきた。
「試合終わったら何食べたい?」
「えっ、あー、天ぷらそばっすかね」
「のどごしいいやつか?」
「えぇ、美味しいやつがいいです」
違う。これじゃない。
「今何を感じてる?オレは緊張している。不安もある。昨夜も伝えたがここに来るまでの選択を信じてるし、みんなが輝ける場所になると疑ってない」
「そうっすよね。俺も不安と自信がごちゃごちゃしてますけど、自分たちの選択は間違ってなかったと思います」
「何をやめることでその不安は軽くなる?」
「軽くなる…そうですね、途中交代は悪いことっていう考えかな」
「そうか。15分以内にレッドもらう以外は悪いことじゃないかな」
「さすがにそれはやらないっすよ」
悪くない。少し表情が明るくなった。ただ、もし他に原因があるとしたら、これだけでいいのだろうか。
「昔、試合前日にフラれたことがあって、試合中に何度かよぎってな。その都度『集中しろ』ってブツブツ言いながらやったことがあるよ」
「前日にフルのはなしっすよね…よくやり切れましたね」
「ゴール前で豪快に空ぶったけどな。いろんな意味で恥ずかしかったよ」
「ハハハ。後で動画検索しておきますよ」
「さすがに残ってないだろ。高校生のころだから」
「30年前じゃないっすね笑 ふぅー、行きますよ!」
他にもやり方はあったかもしれない。今この瞬間にできることやった。「行きますよ!」という言葉が聞けたことで一旦良しとしよう。あとはピッチに立つみなを誰よりも信じ抜くだけだ。
「よし、みんな行こう!世界を驚かせに!」
90分後。私たちは世界を驚かせた。衝撃を与えることができた。まだ試合は残っている。まだ何かを成し遂げたわけじゃない。目標に1歩近づいただけだ。それでも今夜だけはこの勝利を存分に味わおう。あと3試合勝って歴史を作るために。